ドルトムント・香川について

ドルトムントBVBの香川は第8節終了時点の現在、Kickerによる採点でブンデストッププレイヤー第3位(http://www.kicker.de/news/fussball/bundesliga/topspieler/1-bundesliga/2010-11/topspieler-der-saison.html) (第6節終了時点では1位だった)得点ランキングでも9位タイである。ドイツメディアが「Phänomen」と名付けた(ドイツ人ってこういう表現好きだなあ)香川のこれほどの活躍は恐らく日本の誰も予想していなかっただろう。(私を含め)大方の予想は、技術はあるが大男揃いのブンデスではフィジカルで負ける、といったようなものだったのではないか? そんな香川をJ2の頃から数年に渡ってフォローしていたBVBのスカウトには驚かされるばかりだが、BVBも香川をあくまでサブとして獲ったのであって、まさかここまで活躍するとは思ってもいなかっただろう。1FCケルンポドルスキーは低迷するチーム状況から、「何でウチは香川みたいな補強が出来ないんだ? チーム戦略がなさ過ぎだろ」と嘆いている(http://www.bild.de/BILD/sport/fussball/bundesliga/vereine/koeln/2010/10/13/lukas-poldi-podolski/nationalspieler-droht-mit-abschied-aus-koeln.html)が、誰にとっても香川は想定外だったわけで、ポドルスキーの嘆きは無理というものだ(ちなみにケルンは昨年香川にオファーを提示している)。いずれにせよ、わずか35万ユーロでBVB入りした香川は、2ヶ月足らずで移籍市場価格最低500万ユーロと10倍以上に高騰してしまった(http://www.transfermarkt.de/de/shinji-kagawa/profil/spieler_81785.html)(ドイツメディアでは香川を語るときの枕詞は「Das Super Schnäppchen(大安売り)」)。これほどのサクセスストーリーも滅多にない。人生何があるか分からない。

昨年のBVBのゲームを一切見ていないので確かなことは言えないのだが、香川の活躍は、監督クロップが就任後2年をかけて作り上げてきたチームの最後の1 ピースに香川が上手くはまったためと思われる。BVBは若く技術のあるプレイヤーを揃え、コンパクト、スピーディ、スキルフルなゲームを指向している。ドイツメディアは、2010WCにおけるドイツ代表の成功と、今シーズンのドルトムントの成功をこの指向性(コンパクト、スピーディ、スキルフル)によるものと位置づけているが、これはドルトムントのゲームを見た後でちょっと他のブンデスリーガのゲームを見ればすぐ分かる。BVBのゲームを見た後で、他のゲームを見ると、そのゲームテンポの遅さ、技術のなさを露骨に感じてしまう。コンパクト、スピーディ、スキルフルなフットボールへの転換という、WC以降のドイツフットボール界の大きな流れに上手く香川はシンクロしたということだ。香川の高評価はドイツフットボールの現在を反映している。MLBにおいてイチローがなし遂げたことを、香川はブンデスで成し遂げようとしていると言ってもいいかもしれない(スモールベースボールならぬ、スモールフットボール)。

もう少し詳しく言うと、香川の加入によって、BVBはチームの縦軸、つまりFW−トップ下−ボランチ−CBというチームの軸が完成したのだと思う。特にバリオス(FW)(パラグアイ代表)−香川(トップ下)(日本代表)−シャヒン(ボランチ)(トルコ代表)のいずれも小柄な非ドイツ系枢軸はチーム内で(というより、ブンデス内で)とりわけスピーディー、スキルフルな3人であり、この3人が連動する攻撃はなかなか見応えがある。BVBの攻撃はマイボールとなった瞬間に、この軸に一斉に前に向かうスイッチが入ることで始まる。香川は守備時、概ねセンターラインから自陣5m以内にいることが多いが、マイボールとなるとここから前に向けてダッシュしてゆく。前にはバリオスが一足先に前に向けて走っており、後ろからはシャヒンが追走。この3列のランニング、さらに左右のSH、SBのランニングに、敵ディフェンス網が対応出来ず、フリーになったバリオス、香川に向けてサイド、ボランチからボールが供給される。香川の得点、アシストはたいていこのパターンである。スペースを見つけて瞬間的に加速して走り込みながら、背後もしくは側面から来る球足の速いパスを処理してダイレクトに、あるいは1タッチ、2タッチでシュートに持ってゆく、あるいはラストパスを出す。香川は最前線と中盤を繋ぐ役目を担っているわけだが、この技術的に相当難しいことを香川は新しいチームに入っていきなりやってのけているわけで、これは大したことと言わざるを得ない。だが、そもそもそういう香川に適したBVBの基本チームシステムが完成しかかっていたということ、これが香川に幸いしたのは間違いないと思う。香川は天狗になってはいけない。

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先日、BVBのゲームを見ていたら、アナウンサーが「香川にパスが頻繁に出るのは信頼されている証拠ですね」といった旨の発言したのに対して、解説の風間が「香川の場合、瞬間的に加速することを意図的にすることによって、パスを出すタイミングをパサーに教えるという努力をしている。その結果パスが出てくるのであって、そういう細かい努力を見ずに、パスが出るということを信頼といった内面的な理由で説明してしまうのは問題だ」といったことをコメントしていた(ここまではっきり言わなかったが)。安易に内面を活動の根拠としてはいけない、むしろ内面なるものは活動により達成されるということで、なかなか興味深い指摘だった。