服薬記録

昨年後半からアレグラを小清龍湯に変え体質改善を図ってきたが、杉花粉本番の3月中旬頃から顔がひりひりするようになって、花粉が来てるなと思っていたのだが、先週頭から喉、胸が痛くなったと思ったら、あっという間にひどくなり発熱(37〜37.5度)してしまった。喉、胸の痛み、咳、鼻水、頭痛、発熱――ひどい風邪の症状と変わらない。

ここ数年、この症状が出るのは、ツツジが咲く5月中旬から下旬なのだが、今年は2ヶ月早く、しかも症状がひどい。アレグラを服用してこなかったせいだろう。


で、土曜日、クリニックへ行き、薬を処方してもらう。
クラリスロマイシン200mg(抗生物質) 2日分
・フェキソフェナジン60mg(アレグラジェネリック)(抗ヒスタミン薬) 30日分
・オノン112.5mg(抗ロイコトリエン薬)(気管支喘息アレルギー性鼻炎薬) 30日分
これに加えて、先月処方されていたが、眠気、めまいなど副作用がひどいのでほとんど服用しなかった
・メチエフ散10%(鎮咳剤)
・ネオマレルミン6mg(抗ヒスタミン薬)(アレルギー性鼻炎薬)
もしかたなく服用。
しかも、オノンは副作用で胃痛が出るので、これに加えて
・テプレノン50mg(潰瘍薬)
も服用。
(1ヶ月の薬代だけで5000円をはるかに超える。)


さすがにこれだけの薬を飲むと、起きていられない。土曜日午後から月曜までほとんど寝っぱなし。火曜になってようやく喉、胸の痛みが消えた。しかし、水曜現在、いまだに喉に違和感があり声がちゃんと出ない。
今日朝の服用は
・フェキソフェナジン
・オノン
・テプレノン
・小清龍湯
のみ。これで様子を見る。

80年代のバイクたち

昔80年代乗っていたバイクが旧車ブームでとんでもない値段になっている。


ヤマハXJ400D。中古車平均価格;90万円!! 
最初に乗った400。4スト400の4気筒最初期の1台。当時カワサキのZ400FXと人気を二分していた。でも、750コンプレックスででかくて重くてとろかった。原チャリから乗り換えた最初、何しろ取り回しに苦労した。乗り始めた頃、雨で濡れ始めた青山通りのど真ん中を渋谷方向に直進していてブレーキングしたらいきなり前輪が滑ってこけた。
中古で買って1年ほど乗って車検を取ろうとしたら、エンジン番号が車検記載番号と異なる「ニコイチ」(2台から1台を作ったもの)で、車検を通らないことが判明。井の頭通り吉祥寺近くにあった(今はない)販売店にクレームを言ったら、車検代で極上中古CBX400Fと交換すると言われ、「もし事故を起こしていたら保険もおりない。どうするつもりだったのか」と車検代分も値切ろうとしたが、押し切られた。その時は腹が立ったが、結果的にこれはとてもよかった。



ホンダCBX400F。中古車平均価格;200万円!!!! http://moto.webike.net/HONDA/CBX400F/summary/
XJ400から乗り換えて、車体がコンパクトで何しろエンジンがとんでもなく軽く回るのに驚いた。当時別次元の完成度だった。ノーマルのX字にクロスするエキパイもかっこよかったが、モリワキの4-1ショート管(写真)をつけると本当にほれぼれするかっこよさだった(が、フケは断然ノーマルの方がよかった)。
とにかく毎日走り回った。機械が自分の体の一部となる感覚を知った。
いろいろなところに行き、いろいろな思い出がある。ほぼ関東圏は行き尽くし、東北巡りもした。
派手にコケたことが2度。
新宿通り四谷見附の交差点、新宿方向から赤坂方向にフルバンクして右折しようとして、交差点中央の砂に乗ってリアからスリップダウンした。倒れたバイクが自分を置き去りにして交差点中心から交差点角にある交番方向にガガガガガーーッという音をたてながら一直線に滑っていった情景を今でもよく覚えている。
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奥多摩有料道路、中速の複合(奥でRがきつくなる)右カーブで前の見知らぬバイクをアウトから強引に抜こうとしてふくらんでガードレールに斜め左横からぶつかり(ガードレールの外側は谷だった)、バイクごと前に1回転、フロントフォークが曲がり走行不能となった。バスと電車で家に帰った。
https://www.google.co.jp/maps/@35.7583525,139.027398,3a,75y,90.36h,97.92t/data=!3m6!1e1!3m4!1s_GdPMlp01Ge8uUgqy7VRPQ!2e0!7i13312!8i6656
https://www.google.co.jp/maps/@35.7582202,139.0273728,201m/data=!3m1!1e3
自分でもよく死ななかったと思う。バイト先の虎ノ門で忘れ物に気付いて、昼休みに当時住んでいた(練馬のはずれの)武蔵関の家まで首都高を使ってxx分ちょっとで往復したことがある。今まで人生で交通違反罰金総額25万ほどだが、そのほとんどはこのころのもの。このころ限定解除しようと思ったのだが、免許の裏が免停記録で真っ黒で「これじゃ絶対受からない。まず免許をきれいにしよう」とバイク屋のオヤジに言われた。結局免許はきれいにならず、限定解除もできなかった。




ホンダCBR400RR。中古車平均価格;50万。性能的には上記2台より上なのだが、旧車ファンにはレーサーレプリカの外観が災いして今はぜんぜん人気がないらしい。
青梅街道にあった(今でもある)販売店に2スト250を買いに行ったら、これがたまたまあった。エンジンをかけたら直4の音があまりにも気持ちよく思わず買ってしまった。
初期型のJ型には馬力規制もなく(59HP)リミッターもついておらず、だからとりあえずスピードは出た。あまり最高速チャレンジに興味がないのでどこまで出るかさほど真剣に試したことはないが、大台は軽く出た。北海道にツーリングに行った際、朝7時前に家を出てラッシュの首都高を抜け(当時外環はない)、常磐道東北道を何回か休憩を取りながら北上したが、昼過ぎにはあっけなく700キロを走りきり青函連絡船の乗り場に着いていた。
高速、峠を走るにはとてもよかったが、街乗りするには前傾がきつすぎた。吉祥寺方向に向かう片側2車線の井の頭通り、渋滞する右車線を横目にがらがらの左車線を走っていたら、渋滞する車の間から子供が飛び出してきてフルブレーキをかけたら後輪が浮き、危うく前方に1回転しそうになった。前輪一輪状態で数メートル進み、1回転は腰をひねって回避したがそのまま横倒しに倒れてクランクケースが割れオイル流出、走行不能になった。レプリカは街乗りに不向きだと思った。
https://www.google.co.jp/maps/@35.699428,139.5872052,3a,75y,297.06h,82.6t/data=!3m6!1e1!3m4!1sU9qwfMavn6AKSu0H2HrfUg!2e0!7i13312!8i6656!6m1!1e1




ヤマハR1-Z。中古車平均価格;40万。
改造車のように見えるがこれで(ほぼ)ノーマル仕様。写真ではミラーがついていないが、このバイクの場合、左ミラーは外し、右ミラーをショートステイに変更するのが当時のお約束だった。
初の2スト250。ずっと4スト400に乗ってきたので、エンブレが効かないという2スト250のエンジン特性に戸惑った。このころは忙しくてバイクに乗るのは月に1、2回という状態だったこともあって、結局最後まで馴れなかった。
バイクはたまに乗るには危険すぎる。12月初旬、内堀通りから新宿通りに入る半蔵門交差点、2車線ある右折車線の左をなんてことはないスピードで曲がっているとき斜め前右車線にいた車に幅寄せされ、思わずブレーキングしたところ前輪がスリップダウンして転倒した。痛みで立てなかった。飛び出してきた目の前の麹町警察署の警官の手配でやってきた救急車で飯田橋の警察病院に搬送される。右膝蓋骨骨折(3つに割れた)の診断。結局、手術+リハビリで3週間入院した。医者から「今度はもっと簡単に割れる。しかも今度は粉々に割れる。人工関節で一生松葉杖」と言われ、あれだけ爆走していたCBX、CBR時代には大した怪我もしなかったのに、あの低速でこの様かと悲しくなった。以後バイクには乗っていない。右膝は今でも痛い。
https://www.google.co.jp/maps/@35.6840319,139.7442349,3a,75y,244h,93.77t/data=!3m6!1e1!3m4!1s_tBp9c83HJ8gh3KbY8Mc3g!2e0!7i13312!8i6656

なお、半蔵門交差点は内堀通りから新宿通りに入る右折車線は今では1車線になっている。
https://www.google.co.jp/maps/place/%E5%8D%8A%E8%94%B5%E9%96%80%E9%A7%85/@35.6842763,139.7452777,127a,35y,239.89h,45t/data=!3m1!1e3!4m5!3m4!1s0x60188c6551ec84eb:0xe17bf5a55e838157!8m2!3d35.685377!4d139.741657

耳の痛い話

日本経済新聞からこの1週間の言葉ピックアップ。


1月9日(月)「実は研究不正大国」;日本の学術研究の低落について

世界中の研究論文の撤回状況を監視するウェブサイト「リトラクション・ウオッチ」には、撤回本数の多い研究者のワースト10に日本から2人が名を連ねる。・・・「研究室がブラック企業のようになり、不正の温床になっている」。・・・04年度の国立犬学法人化以降は、基礎研究を支える運営費交付金が減少。研究室を構える教授らが、公募後に審査して配分される競争的資金の獲得に追われる一方、雇用が不安定な若い研究者らは短期的な成果を求めるようになった。

あなた、耳が痛いでしょう?


1月12日(木)エマニュエル・トッド「新たな保護主義の時代に」;世界経済の行方について

重要なのは格差が生まれる仕組みではなく、先進国が格差を受け入れた点だ。どうして先進国は自由貿易に扉を開いたのか。私は経営者などのビジネス人ではなく、教育階層に問題があると思う。大学と結びついた理論家が格差拡大につながる議論を主導した。

格差拡大は経営者の強欲にあるとして自己批判しない大学知識人(例えば昨年8月9日(水)日経掲載の岩井克人の議論を見よ)には、耳が痛い。


1月12日(木)「説得力に欠ける『一代限り』」;天皇退位有識者会議について

「存在するだけで何もしなくてもいい」という天皇観は、こうした天皇の克己の歴史への理解不足によるものだろう。//ただ、天皇のあり方についてどのような意見を表明しようと言論は自由である。問題は退位を論じる政府機関の有識者会議のヒアリングに、適任とは言い難い"専門家"も招いたことだ。人選は選ぷ側のレベルも表す。これからの時代を担う若い世代と女性の研究者の意見が聞かれることはなかった。

その場の雰囲気に合わせた話をする能力(空気読み能力)だけの「専門家」には、耳が痛い。

私生児としてのエスノメソドロジー

エスノメソドロジーは私生児の集まりだって、みんな知っている。でも、それが誰の子供かなんて誰も知っちゃいない。」(ガーフィンケル)

この言葉を心に刻んで仕事をしたいものだ。自らを血筋正しき正嫡だと考えているエスノメソドロジストが多すぎると思う。

Greg Lake died

Greg Lake: King Crimson and ELP star dies aged 69
http://www.bbc.com/news/entertainment-arts-38251936



訃報を書くのは今年何度目だろう? 死にすぎだ。
書いた以外に・・・L⇔R黒沢健一は死ぬ、BOOM BOOM SATELLITES川島道行は死ぬ、プリンスは死ぬ、モーリス・ホワイトは死ぬ・・・。

魂の儚さ

かつて肉体はあまりに儚く、だから人々は魂の永遠を信じた。死は肉体の死だった。

だが、現代、テクノロジーはこの状況を逆転させた。肉体はいつまでも生き続け、魂はあまりに儚い。人々は肉体の死以前に、様々な形の魂の死に直面する。

現代の人間は、魂が徐々に失われてゆく肉体を延々と見続けねばならない。なんてこった。




異文化体験としての介護

介護をするとは、いろいろな意味で、孤立無援で無慈悲な異文化世界に迷い込んで途方にくれることだと思う。
介護に関する論文はたくさんあるが、どれを読んでもう一つリアリティがないのは、それらがこの「途方にくれる」感覚に照準していないからだろうと思う。



from Jansen&Barbieri "Stories Across Borders"(1998)
(昔書いた「境界の言葉 Discourses Across Borders」という論文タイトルは、このアルバムタイトルを利用してます。)